服というのは人間の身体の形に合わせて作ってある。サイズやデザインに違いはあれど、基本的な形は皆同じ。でも、人の心の形は限りなく多種多様。「心に着る服」なるものがあるとして、それがサイズ、デザイン的にヴァリエーションに富み過ぎるということはないし、そこに「基本形」なる考え方を持ち込むとものの5秒で無理が生じてくるような気がする。
芸術というのは心が着る服なのかも知れない。
例えば音楽。例えば『ノイズ』。演奏してる本人にも、どこがデコで、どこがボコで、どこにどのくらいの穴が開いていて、何色と何色の組み合わせで、どの部分が直線で、どの部分が曲線なのか?といったことが定かでない。そんな形の服。世の中にはそんな形の服しかジャストフィットしない心というのもあるんだろうし、それはそれで面白いとは思うけど、そんな心と、そんな心を覆っている基本的な形の服を着ている肉体と、そんな両方を引き摺るようにして呼吸している人間というのは相当に生きづらいだろうなとも思う。
ノイズウェア
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お帰り。('-^*)/大丈夫かい?
無理せずに。マイペースで。
鍛錬は必要です。
極める。常識だって日々変わる物だよね。
相手を(社会的流れ)知りまず、認識する。
自分達だけ、楽しめるなら。相手は理解してくれる人だけで、良いはずだよね。